東京高等裁判所 昭和28年(ネ)125号 判決
控訴人は、原判決を取り消す、被控訴人は控訴人にたいし、金四万二千六百円及びこれにたいする昭和二十六年五月五日から右金員支払いずみまで年六分にあたる金員を支払うべし、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
請求の原因
(一) 控訴人は証券取引法にいう証券業者であつて、東京証券取引所の会員であるところ、昭和二十五年一月二十七日被控訴人はこれも同様の証券業者である訴外共立証券株式会社に対し角丸証券株式会社取締役社長望月孝の白地裏書ある三井船舶株式会社百株券二枚の売却を委託し、右共立証券株式会社は同年二月一日さらに控訴人に対し右株券の売却を委託したので、控訴人は即日東京証券取引所において、これも同じく証券業者である訴外山崎証券株式会社へ右株券を代金一株につき百十五円合計二万三千円で売却して交付し、手数料をさし引いて金二万二千五百円を共立証券株式会社へ送り、同会社はその手数料をさし引いて金二万二千二百円を被控訴人へ支払つた。
(二) ところが、前記株券は訴外和田顕一が角丸証券株式会社から買い入れたもので、同人が昭和二十四年十二月二十一日東京発鹿児島ゆき列車内で、列車が小田原熱海間を走つているころ、窃取されたものであつて、これに関して和田顕一の申立による公示催告手続がなされ(東京簡易裁判所昭和二十五年(ヘ)第一六一号)、昭和二十五年十月二十日の除権判決によつて無効となつた。
(三) 東京証券業協会の会員たる証券業者間には、協会員が売買証券受渡しによつて引渡しを受けた記名式株券について名義書換不能その他の事故があることを発見したときは、その受領の日から一年をかぎり、その事故を除去し、又は株券を返還して他の完全な株券の引渡を請求することができ、この請求を受けた協会員は、その請求から三十日内に事故を除去するか、又は他の完全な株券を引き渡さなければならない、もし、引き渡すことができない場合には株券の価額を支払わなければならないという商慣習がある。
(四) 訴外山崎証券株式会社は昭和二十五年十月二十一日控訴人にたいして、前記商慣習による請求をしてきた。ところが問題の株券の三井船舶株式会社では、前記売買の後、増資が行われてしまつて、売買当時におけるような増資新株引受権利付の株券を入手することは、もとより不能となつているので、控訴人は同一銘柄の無事故の株券を渡すことはできなかつたから、損害の賠償として当日の仲値で算出した価額金四万二千六百円を支払つた。
(五) 控訴人は右のとおり金四万二千六百円を支払つて、それだけの損害をうけた。これは、控訴人が委任事務を処理するため自己に過失なくして受けた損害であつて、その原因は売却委託の株券が事故株であつたことであるから、その委託者にたいして損害賠償を請求し得るはずである。ところで、前記のとおり、共立証券株式会社は被控訴人からの委託をうけ、控訴人へさらに委託し、いわば再委託をしたのであるから、控訴人は委任者である被控訴人にたいして受任者と同一の権利義務を有するのであるから、控訴人は被控訴人にたいして直接に前記損害の賠償を請求し得るのである。
かりに、前述の再委任関係であるとの主張が失当であるとするならば、控訴人はつぎのとおり主張する。控訴人は訴外共立証券株式会社の受任者として同会社にたいして前述の損害の賠償を求める権利を有し、まさに同会社の債権者である。同訴外会社は控訴人にたいして前記損害賠償債務を負担することによつて損害をこうむり、この損害は同訴外人が受任事務を処理するによつて、自己に過失なくして生じたものであつて、同訴外人は被控訴人にたいしてその賠償を請求し得べきものである。ところが同訴外会社は無資力であるのに右賠償請求権を行わない。そこで控訴人は共立証券株式会社にたいする債権を保全するため、同訴外会社に代位して、その被控訴人にたいする損害賠償請求権を行い、直接控訴人にたいして支払を請求し得るわけである。
よつて、本件訴によつて、金四万二千六百円と、これにたいする本件訴状送達の後である昭和二十六年五月五日から右金員支払すみにいたるまで年五分の遅延損害金の支払を求める次第である。
被控訴人の答弁
(六) 控訴人主張の事実のうち、控訴人が東京証券取引所の会員たる証券業者であること、控訴人が共立証券株式会社の委託によつて昭和二十五年二月一日山崎証券株式会社へ、角丸証券株式会社取締役社長望月孝の白地裏書のある三井船舶株式会社の百株券二枚を売り渡したこと、右株券が除権判決によつて無効となつたことは、いずれもこれを認めるが、被控訴会社が前記株券を他から買入れて、これが売却を共立証券株式会社に委託したことは否認する。その他は、商慣習存在の主張をふくめて、すべて知らない。もつとも被控訴会社の代表者である沢井兵次郎が会社代表者としてではなく、沢井兵次郎個人として、前記株券を他から買受け、これを共立証券株式会社へ売り渡したことはあるけれども、被控訴人会社は全く関係のないことであるから、本件請求は理由がない。
被控訴人の抗弁
(七) かりに、前記株券が控訴人主張のとおりの盗品であり、かつ被控訴人がこれを共立証券株式会社へ売却したのであるとしても、前記株券は白地裏書あるものであり、被控訴人は善意無過失で買い入れたのであるから、商法第二二九条小切手法第二一条によつて、被控訴人が完全に権利を取得した株券である。この点をくわしく述べると、昭和二十五年一月二十七日ごろ、三十才前後の男子が被控訴人の、伊東市にある店へきて、「私は進駐軍の通訳で山名初男というものであるが、この株券を売却したい」といつて本件株券をさし出したが、被控訴人にとつては、一面識もない客人なので、株券の事故(盗品とか偽造品とか)の有無調査の必要を認め、取引は一両日後にすべき旨約してその客人をば引きとらせておき、翌日東京へ出張、一応電話で前記株券の発行会社である三井船舶株式会社の株式の係りへ事故の有無を問い合わせたところ事故なしとの返事であつたが、なお念のために被控訴会社東京支店の社員を三井船舶株式会社へやつて、調べてもらつたところ事故の届は出ていないとのことであつた、そこで約のごとく来店した前記山名初男となのる客人に代金二万三百円を払つて買いとつて、これを共立証券株式会社へ売つた次第である(その後、被控訴人が三井船舶株式会社について調べたところ、盗難届の出たのは同年二月九日であつた)。すなわち、控訴人は株券について完全な権利を取得していたのであつて、いわゆる事故株を売つたのではない。それが無効となつたのはその後になされた除権判決によるものである。被控訴人に損害賠償の義務を生ずるいわれはない。この点からみても本件請求は理由がない。
(八) かりに本件株券は事故株であるとしても、控訴人も被控訴人も、また共立証券株式会社も商人であるから売買の目的物にカシありとして損害賠償を求めるには商法第五二六条に定める通知を発しておかなくてはならないのに控訴人も共立証券株式会社もこの通知をしていないから、この点でも本件請求は失当である。
抗弁にたいする控訴人の答弁
(九) 被控訴人が本件株券買入れの際善意であつたとの被控訴人の主張は認めるけれども無過失の主張は否認する。一般に取引に際しては、相手方が正当本人かどうかを確認することが最も必要であるのに、被控訴人は一面識もない旅行者から本件株券を買入れるにあたり、住所氏名もたしかめなかつたのは重大なる過失である。また被控訴人が、そのいうごとく、株券発行会社へ事故の有無を照会したとしても、事故発生から、その届出までには相当の日数のかかるのが、むしろ普通であつて、右のような照会によつては事故の有無を確めることは不可能というべきであるから、やはり、被控訴人は過失の責をまぬがれない。
(十) かりに被控訴人主張(前記七)のように、被控訴人が完全な権利を取得したとしても株券は盗品なのであるから、後日除権判決によつて権利が消滅するかも知れないという危険性を、うちにはらんでいるものであり、そのために結局無効宣言の除権判決となつたのであるから、全然無事故の株券ということはできない。
(十一) 控訴人が商法第五二六条の通知を発しなかつたことは認めるが、被控訴人は証券業者でなく、かりに控訴人と共立証券株式会社との取引が売買であつたとしても、その双方にとつての商行為ではないから右法条の適用はない。
証拠
<省略>
三、理 由
一、成立に争なき甲第三第四号証原審証人神本隆次の証言と本件における当事者双方の弁論の全趣旨をあわせ考えると、被控訴会社が昭和二十五年二月一日訴外共立証券株式会社にたいして、三井船舶株式会社の百株券の、角丸証券株式会社取締役社長望月孝の白地裏書あるもの二枚の売却委託をしたことが認められる。原審本人尋問における被控訴会社代表者沢井兵次郎の供述中、前記株券に関する取引は被控訴会社の代表者である沢井兵次郎が代表者としてでなく、被控訴会社以外の個人としてしたものであり、取引は売却委託ではなく売渡しである旨の部分は、前記神本の証言にてらし、信用できない。
二、前記甲第三第四号証前記証人神本の証言、原審証人永田英夫の証言及びこの証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証によると、訴外共立証券株式会社は前項に説示のごとく被控訴会社から売却委託を受けたその日のうちに、さらに控訴会社へ前記株券の売却方を委託し、控訴会社は、この委託にもとずき、同日訴外山崎証券株式会社へ売り渡したところ、同年十月二十一日になつて、山崎証券株式会社から前記株券は盗品であつて、事実らん請求の原因(三)記載の商慣習にいうところの事故株であるとして、右商慣習による請求を受け、右商慣習に従い、前記株券の同年十一月三十日の時価による金四万二千六百円を支払つたことを認めることができる。
三、この判決事実らん請求の原因(三)に記載のとおりの商慣習の存することは、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第七号証(東京証券業協会作成の証明書と題する書面)と当審証人伊藤信夫の証言とによつてこれを認めることができる。
四、よつてすすんで、控訴人が訴外山崎証券株式会社へ支払つた金四万二千六百円は前記商慣習による控訴人の義務であつたかどうかを考えるために、まず、本件株券が、前記商慣習における「名義書換不能その他事故ある株券」にあたるか否を検討する。
(1) 前記甲第三、第四号証、成立に争なき甲第六号証同じく乙第一号証によれば、前記株券は、訴外和田顕一の所有であつたところ、同人が昭和二十四年十二月二十一日東京発鹿児島ゆき列車内で列車が熱海駅へ着く直前ころ、なにものかに窃取されたもので、これに関して同人から公示催告の申立がされ、昭和二十五年十月二十日除権判決があつて無効となつたという事実を認めることができる。ところで被控訴会社代表者本人尋問の結果によれば、前記株券は、被控訴会社が山名初男と名のる、見知らぬ男から買い取つたものであることが認められ、右山名と名のる男に本件株券の所有権ないし処分権があつたことを認めるべき資料は全然存しないから、被控訴会社は無権利者から前記株券を買いうけたとしなければならない。
しかるに被控訴人は前記買受けについては、当時施行の商法すなわち昭和二十五年法律第一六七号による改正法施行前の商法第二二九条小切手法第二一条の適用があり、これによつて被控訴会社は完全な権利者となつたと主張するから、この点を案ずるに、前記株券にしてある角丸証券株式会社取締役社長望月孝の白地裏書が真正な裏書であることは、双方の弁論の全趣旨から明かであり(前記商法第二二九条第二項参照)、被控訴会社が前記買受けの際売主たる山名初男と名のる男が本件株券の所有権ないし処分権のないことを知つていたことを認めるべき証拠がないから、これを知らなかつたものとすべきものである。では、その、知らなかつたことは、重大な過失によるものであるかというに、原審における被控訴会社代表者本人尋問における沢井兵次郎の供述と本件の弁論の全趣旨によると、前記山名初男と名のる男が、昭和二十五年一月二十七日被控訴会社の伊東市にある店へ、本件株券を売りたいといつてきたので、被控訴会社では代金は二、三日後のこととして、ひとまず、株券を預かつてその男を帰し、その翌日被控訴会社代表者沢井兵次郎が東京へ出てきて、被控訴会社の東京支店に立ちより、そこから電話で株券発行会社である三井造船株式会社の株式課へ本件株券について事故の有無を照会したところ、事故の届出はないとの返事を得たが、なお念のため被控訴会社の東京支店の店員に本件株券を持たせて、前記会社へ行つてしらべさせたところ、印鑑についても株券についても事故の届出は出ていないとのことであつた、そこで被控訴会社では、前日の約束によつて一月三十一日被控訴会社の店へ現れた前記山名初男と名のる男に代金を払つて本件株券を買い取つたという事実が認められる。白地裏書ある株券を売ろうとするものが前記のように、どこのだれともわからない場合であつても、前記認定のような調査をした上買い受けた以上、買主に軽過失の有無はともかくとして、小切手法第二一条にいうところの「重大ナル過失」はないものと認めるべきである。証券所有者の権利の安全と証券流通の円滑の要求とをハカリにかけてみて、この辺が妥当なところであると当裁判所は考える。したがつて、被控訴会社は、当時施行の商法第二二九条小切手法第二一条第一九条によつて、真正な白地裏書ある本件株券について完全な権利を取得したものであり、被控訴会社からの順次委託にもとずく売却の相手方としてこれを買い受けた訴外山崎証券株式会社は被控訴会社の有する権利を承継して本件株券の所有者となつたわけである。したがつて山崎証券株式会社は商法の規定にしたがつて三井船舶株式会社にたいして名義書換を請求し得べく同会社はこの請求を拒むことはできないのである。成立に争なき乙第一号証及び原審の被控訴会社代表者本人尋問における右代表者沢井兵次郎の供述によると本件株券について昭和二十五年二月九日株券発行会社たる三井船舶株式会社へ盗難届が出されたことを認め得るけれども、この事実は前段説示のとおり本件株券を取得した者にたいして株券発行会社が名義書換を拒む法律上の根拠とはなり得ない。本件株券は、少くとも前記商慣習における「名義書換不能の株券」というにあたらないことは明かである。
(2) 本件株券は、右説明のとおり名義書換不能ではないけれども、前記認定のように盗品なのであるから、このことが前記商慣習に名義書換「その他の事故」あるというに当らないかどうかを検討しなければならない。そもそも、前記商慣習は、どういうわけで生じたと考えてみるに、それを一言にいえば証券の取引安全とその流通円滑のための必要ということであつて、これがこの商慣習の、いわば存在理由であると解せられる。そこでこの見地から考えてみると、名義書換不能「その他事故ある」といううちには、法律上は名義書換可能であつても、取得者が名義書換を得ようとする場合に関係者間に名義書換の不能可能について争を生じ、結局名義書換を得るにしてもそれまでに少からぬ手数ないし困難を経なければならないおそれのある場合、また名義書換を経た後でも、取得者はその権利を失う危険におそわれ、これを防衛するためには、少からぬ手数を要するにいたるおそれある場合は、すべてふくまれると解するのが相当である。
ところで、株券発行会社が、それが盗品であるとわかつている株券について名義書換請求を受けた場合、たやすくこれに応ずることは期待し得られず、必ず、請求者が法律上有効に権利を取得したものであることを確認し得るまでは、書換を拒みつづけるであろうし、請求者が本件における山崎証券株式会社の本件株券についてのように、法律上、たしかに、名義書換請求権を有する場合でも、株券発行会社にこれを確認させるには結局訴によるのほかないのが世間の実情であり、また、ある株券が盗品である以上多少のおそい早いはとにかく、その発行会社にたいしてその届出がされるのが通例であるから、株券が盗品であるということは、それだけで前記商慣習にいわゆる「事故ある株券」にあたると解するのが相当である。本件株券が右にいわゆる「事故ある株券」にあたること明かである。ただ、被控訴人の委託にもとずく売却のなされた当時株券発行会社にたいする本件株券の盗難届は出ていなかつたことは前認定のとおりであるから、取得者が当時直ちに名義書換を請求したならば、問題なく名義書換ができたであろうと認められるけれども、その場合でも、後になつて、盗難被害者と取得者との間に権利の帰属に関する争を生じ、取得者は権利の防衛にわずらわされるハメにおちいるおそれは多分に存するのであるから、やはり事故ある株券たること、前段の説示にてらせば、おのずから明かであろう。
五、以上説示のように、本件株券は商慣習にいわゆる事故ある株券にあたる以上、これを買受けた日以来山崎証券株式会社は、これを控訴人へ返して時価相当金員の支払を受け得べき権利を有していたことは明かである。ところが本件株券については、昭和二十五年十月二十日に除権判決があつたので(理由らん四の(1) 参照)、これによつて、本件株券は全く株券として効力を有せず、ただの紙きれにすぎないものとなつたのである。山崎証券株式会社が商慣習による請求をしたのは、右除権判決のあつた日の翌日であつたから(理由らん二参照)、山崎証券株式会社が控訴人へ返した株券は、前述のように、ただの紙きれであつて、前の売買の目的物であつた券株ではなかつたと認めるのほかない。すなわち当時山崎証券株式会社はさきの売買の目的物であつた証券を返還することは不可能になつていたのである。かような場合においても、なお証券の買受人は商慣習上の前記権利を行い得るかというのは、ひとつの問題であり、この点についても商慣習がありそうなものであるが、本件においては、当事者のどちらからもこれに関する主張がないので、裁判所としては、この点に関する商慣習は存在しないものとして判断をすすめるほかない。
よつて案ずるに、前記商慣習、すなわち買受けた証券が事故株である場合に、買主はこれを返還して時価相当額の支払を受け得るとの慣習は、買主にたいし一の契約解除権を与えるものであると認められるところ、民法第五四八条第一項は、「解除権ヲ有スル者ガ自己ノ行為又ハ過失ニ因リテ著シク契約ノ目的物ヲ毀損シ若クハ之ヲ返還スルコト能ハザルニ至リタルトキ又ハ加工若クハ改造ニ因リテ之ヲ他ノ種類ノ物ニ変シタルトキハ解除権ハ消滅ス」と規定する。本件株券が商慣習上の事故株ではあつたけれども、前に説明したとおり(理由らん四の(1) 参照)被控訴人は本件株券について商法第二二九条小切手法第二一条第一九条によつて完全な権利を取得したのであり、これを買受けた山崎証券株式会社も、もちろん完全な権利を取得したのである。したがつて、同会社が公示催告手続における権利の届出をしさえすれば、それによつて確実に失権をまぬがれ得たであろうことは、明かである。(民事訴訟法第七七〇条)だから、本件株券がその効力を失つて、ただのほご紙に帰したことは、山崎証券株式会社が、公示催告手続における権利の届出をしなかつたことによるものである。本件弁論の全趣旨によれば、同会社が権利届出をしなかつたことは、公示催告の公告を知らずにいたことによるものと認められ、公告も知らず、届出をしなかつたことは、特別の事情のあらわれない本件においては、同会社の過失というべきである。もちろんこのような公示催告手続において権利の届出をしなければよくその保全ができないということは、それ自体右株券が前記「事故ある株券」にあたるとする事由の一たること、前記四の(2) の説示にてらし、これを諒し得るところであつて、もし右山崎証券株式会社がこの権利届出の手続をいとうのであれば、同会社はなおその権利届出期間の満了前すなわち株券が株券としての価値を失わない前に前記商慣習に従い、これを控訴人に返還し、控訴人をしてその届出をなさしめ得たものであることは明らかである。したがつて、本件株券が除権判決によつて無効となつたことは、同会社の過失によるものであると認めるのほかなく、前記民法法条前段にあてはまること明かであるから、同会社は除権判決あると同時に商慣習による解除権を失つたものと認めるべきである。
六、したがつて、山崎証券株式会社は、商慣習による解除権を行使した当時にはすでに、解除権を有しなかつたのであるから、同会社の行為はなんらの効力を生ぜず、控訴人が支払つた金四万二千六百円は支払うべき義務のなかつたものであるといわなければならない。
七、控訴人は、山崎証券株式会社にたいし前記のように金四万二千六百円を支払つて同額の損害をこうむつたので、その損害の賠償を被控訴人にたいし直接に、もしそれができないとならば、共立証券株式会社にたいし請求し得るので、これにもとずき、同会社に代位して同会社の被控訴人にたいする権利を行使して、本件金員支払請求をするというのであるところ、前記(理由らん五、六)のように、控訴人が山崎証券株式会社へ支払つた金員は義務なくして支払つたものである以上、控訴人は不当利得として同会社にたいし返還を請求し得ること明かであるから、この支払をもつて直ちに損害をこうむつたということはできず、山崎証券株式会社の無資力その他の事情によつて右支払金員の返還を受けることができない等損害を生じたことの主張も立証もない本件においては、控訴人が損害をこうむつたとの主張はこれを認めることができないのである。すでに控訴人が損害をこうむつたことの認めがたい以上、本件における他の争点に関する判断をするまでもなく控訴人の請求の失当であること明かである。
したがつて控訴人の請求を棄却した原判決は結局相当であるに帰するから、民事訴訟法第三八四条第二項によつて本件控訴はこれを棄却すべく、控訴費用は敗訴の当事者たる控訴人の負担たるべきものである。よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)